2026年9月23日、スペイン当局は、不動産会社「ウルバヘスティオン」との長きにわたる法廷闘争の末、障がいのある87歳の女性マリカルメン゠アバスカルをマドリーの自宅から暴力的に立ち退かせた。彼女はその家に70年間住んでいたが、最近の家賃値上げを負担できなくなっていた。これに対し、その日、1万人が抗議のために街頭へ繰り出した。3日後、更に大規模なデモ隊がプエルタ゠デル゠ソル広場にテント村を築いた。この広場は、米国のオキュパイ運動の引き金となった15-M運動 (2011年)の舞台でもある。
マリカルメン゠アバスカルは、立ち退きに伴うストレスが原因で10月7日に亡くなった。イベリア半島の多くの都市では、抗議者達が引き続き広場を占拠しており、11月11日にはゼネストが呼び掛けられている。
ここでは、マドリーとバルセロナの記者が、スペインとカタルーニャ全土に広がる、立ち退きとジェントリフィケーションに反対する運動を内部の視点から伝える。
2026年、反ファシスト達が集結し、住宅問題を巡るテント村(マドリーのプラサ゠デル゠ソル)を防衛する。
スペインの住宅運動には、長く複雑な歴史がある。どの時期を出発点に選んでも、それ以前に同じくらいふさわしい先例が必ず存在する。従って、何処から始めるかは、今日起きていることをどのように理解したいか、そして街頭で今も書き続けられているこの物語をどのように語りたいかによって決まる。以下の記事は、その物語を語ろうとする1つの試みである。不充分で不完全ではあるが、読者の皆さんが何かを学び、インスピレーションを得て、何処に住んでいようとこの物語の一部となり、更に発展させてくれることを願う。
まずは、15-M運動から始めるのがよいかもしれない。この運動は、2011年に世界中で展開した一連の蜂起の一環として、15年前に勃発した。当時も今日と同じように、スペイン全土にテント村が広がり、「真の民主主義」を求める人々で満ちていた。
他の地域では、弾圧によってこうした運動が未解決のまま終息することが多かったのに対し、スペインでは、この運動は「ポデモス」をはじめとする幾つかの急進左派政党の結成や、マドリーやバルセロナなどの都市における強力なミュニシパリズム運動の台頭という形で結実した。今日、これらの政党は崩壊状態にあり、自治体主義者達もかつて持っていた力をほぼ失ってしまった。結局のところ、「オキュパイ゠ウォールストリート」や「アラブの春」と同じく、この一連の出来事が持つ真の遺産は未だ曖昧で、議論の的となっており、解釈の余地が残されている。恐らく、15-M運動は、私達が語る物語の始まりではなく、現在の物語がそこから語り起こされる廃墟に過ぎないのだろう。
2021年、バルセロナで、建物の明け渡しを執行しようとした機動隊が卵やペンキを浴びせられる。
今スペイン全土で勢いを増しているこの運動は、スペインの政治生活で大きな存在感と影響力を持つ公式の制度的枠組みとは別に活動する、強固で安定した労働組合型の組織を背景に生まれた。これらの組織は、水平的な草の根の力を用いて住宅危機に立ち向かうと同時に、今日私達が目の当たりにしているような、広範で大衆的な結集行動を推進するために作られた。これらの組合が画期的なのは、労働の問題に直接取り組むのではなく、私達が暮らす環境に焦点を当てている点である。この運動の最も重要な先駆けは、PAH(住宅ローン被害者プラットフォーム)のような組織の創設にある。PAHの最初の支部は2009年にバルセロナで設立された。最近設立された住宅関連団体と同様、PAHの各団体も、私達が「社会的組合主義」と呼ぶ実践を行っている。
その前提は単純だ。誰かが家を失う危機に直面するといった個人レベルの問題を、共同の政治的行動を通じて取り組む集団的な課題へと転換するのである。やがて、労働組合型の様々な戦術が次々と生まれ、その結果、差し迫っていた多くの立ち退きが阻止された。
日の出と共に、歴史ある都市の中心部にある集合住宅の入口前に、30人ほどの人々が集まる。人々は互いに身を寄せ、腕を組んで、建物の入口を塞いでいる。その頃、予定通り、機動隊のバンが数台、近くに到着して停車する。警察の拡声器から、解散するよう命じるアナウンスが流れるが、誰も動かない。やがて警官達が踏み込み、1人ずつ引き離そうと苦戦しながら、遂に全員を排除する。結局、立ち退きは成功するが、警察官数十人と数時間を要し、立ち退きの進行を遅らせる。市当局にとって、その実施は益々費用が掛かり、困難なものとなる。
この阻止活動に参加したのは、地域の借家人組合のメンバー達だ。活動が終わると、彼等はそれぞれ帰路につくが、まもなく次の会合で再会し、今回の阻止活動を振り返って、次回の計画を立てる。時折、彼等は公開集会を開き、広場や通りに折り畳み椅子を円形に並べて、近隣住民を招く。住民達は、大家との間で起きた問題を順番に語ったり、自分達が直面しているより幅広い課題について考えを巡らせたりする。参加者には若者も高齢者もいる。中には、様々な社会運動で豊富な経験を持つ急進主義者もいれば、単に近くに住んでいて、隣人が家から追い出されるのを看過できないという人々もいる。
スペイン各地で、こうした光景が益々頻繁に見られるようになっている。朝、パンを買いに出かける途中で、思いがけず立ち退き阻止活動に遭遇することもある。こうした光景は、もはや日常生活の一部となりつつある。
借家人組合のメンバーが、立ち退きを阻止するため、集合住宅の入口を塞ぐ。
2008年の金融危機は、スペインの不動産市場を劇的に変え、住宅問題に取り組む組織が活動する場を一変させた。当初、住宅を巡る紛争は住宅ローンを抱える人々を中心に展開していたが、法改正や不動産の所有構造の変化に伴い、やがて家賃を巡る闘争が中心的な舞台となった。2017年にはマドリーとカタルーニャで借家人組合が結成された。この時期には他にも数多くの住宅問題グループが台頭し、それらの間で大きな対立も生じた。これらの組合は、集合住宅全体や地域社会を組織化し、住民を結集させるといった新たな組織化戦略を展開した。人々に正式な会員となり、急進的な社会センター・書店・公共の場で開かれる定期的な会合に参加するよう呼び掛け、組織の有機的な成長に力を注いだ。立ち退きを1件ずつ、紛争を1つずつ、街区を1つずつ――ここ数週間の社会的爆発は、実のところ、遅かれ早かれ噴出する運命にあった社会問題に取り組みながら、長年にわたって続けられてきた粘り強い活動の成果なのである。
現在の住宅問題を巡る結集行動は、こうした草の根組織の存在を認識しなければ理解できない。これらの組織は、社会運動の活動家達――とりわけ、自律主義・リバータリアン・共産主義の伝統に立ち、現在では行き詰まりと広く見なされている従来の制度的枠組みの外で活動する人々――による意図的な政治戦略の産物である。今回の結集行動の波は、2024年10月13日に「もうたくさんだ。家賃を下げろ!」というスローガンを掲げて行われた大規模デモから始まったと言えるだろう。この出来事の圧倒的な規模は、活動家達自身を含め多くの人を驚かせた。それ以来、他の主要な結集行動や注目を集めた立ち退き事件が、最近の社会的激動の土台を築いてきた。
2024年、バルセロナで住宅問題を巡る抗議活動が行われた。その規模は主催者達さえも驚かせた。
何千、何万もの人々が街頭に押し寄せている。大きな横断幕を掲げる人もいる。誰かが発煙筒に火をつけ、夕暮れの光の中で群衆を照らし出すと、歓声が上がる。時折、人々はポケットから自宅の鍵を取り出し、頭上で振り回す。鍵はこの運動の象徴となっており、金属同士がぶつかり合う不協和音のような響きを生み出す。小さなグループが、平らな段ボールとスプレー缶を手に、行進の列の間を縫うように進み、バス停・銀行の窓・街の壁に、住宅市場を食い物にする金融界の「ハゲタカ」を非難するメッセージを書き込んでいく。
人々は、これが現状を超える何か・より大きな何か・より力強い何かになり得ると気付き始めている。
2026年、ある抗議者が、この運動の象徴である自宅の鍵を掲げる。
私達のように経済生産性が比較的低い社会では、資本は住宅市場のような金融市場から利益を引き出そうとする。これは制度全体に及ぶ現象であり、世界中の人々が日常生活の中でその圧力を感じている。その現れ方は様々で、居住地区が急速に変貌する・住宅費の高騰で転居を余儀なくされる・賃金に占める住宅費の割合が絶えず大きくなるといった形を取る。多くの国で私達の地元の住宅組合に似た組織が見られるのは、資本が進出するところには何処でも必然的に対立が生じるからだ。
これら全ては、人々の日常生活の中で肌で感じられる。他にも同様に重要な問題があり、その原因を辿れば資本主義なのだが、人々の日常経験とはそれほど明確には結びつかないのかもしれない。例えば、数千キロ離れた場所で起きている戦争が引き起こす食料価格の高騰がそうだ。しかし、自宅から立ち退かされたり、隣人が立ち退かされたりするのは、全く肌で感じられる出来事である。それは、すぐに具体的な結果をもたらすからだ。
また、その犯人を特定するのも容易だ。誰もが知っている。犯人は、人々を自宅から物理的に排除する警察・そのような措置を求める企業や家主・命令を下す裁判官・こうした事態を可能にする法的枠組みを作り出した政治家達だ。成功の鍵は、住宅問題組織と、それらが組み込まれている政治的ネットワークを通じて、この問題を政治的・社会的な問題として位置づけてきたことにある。この点に関しては既に多大な取り組みがなされているが、今後の課題は、住宅を巡る闘争を、他の闘争や人々が直面する様々な問題と結び付けることにある。
政治的可能性の地平として国家が後退するにつれ、下からの別の道が持つ可能性がよりはっきり見えてくる――それは、より実現可能で現実的なものとして感じられるようになる。
借家人組合のメンバーが、立ち退きを阻止するため、集合住宅の正面入口を塞ぐ。
バルセロナの社会党市政下で、スクゥオットの社会センターが立ち退きを迫られており、この場所を守ろうという呼び掛けがなされている。2025年は、寒い1月と共に幕を開けた。近隣住民達は数年にわたり、この場所を自主管理のジム・集会所・図書館として利用してきたが、市内の観光地区に近いという理由から、地元政治家達はこの建物を取り壊そうとしている。「ランティガ゠マッサナ」(かつてここにあった美術学校の名に由来する)で活動してきた人々は、立ち退きを阻止するため一連のデモを呼び掛けていたが、ある朝、警察が予告なしに現れ、扉を封鎖した。
夕方になると、建物を奪還しようと大勢の人々が集結する。しかし、警察の大部隊が道を塞ぎ、集会は近隣一帯で花火や照明弾が飛び交う街頭での乱闘へと発展する。それは、皆がそろそろ切り上げ時だと感じ、散開するまで続く。また一つ、占拠されていた空間が悲劇的に失われ、この都市は、住む場所ではなく買い物や観光の場所へ、共有の場所ではなく資本のための場所へと、更に少しずつ変貌を遂げる。
2025年、スクゥオットの社会センター「ランティガ゠マッサナ」を守るため、抗議者達が結集する。
この激動の時代において、私達の政治情勢は一変した。それは完全な方向転換であり、私達はこれを大きな喜びをもって歓迎すると共に、より一層力強く、より効果的に闘うための新たな原動力を得た。私達はある種の麻痺状態を経験していた。スペインや欧州全土でファシズムが勢力を拡大していくのを、無力感を抱きながら見守るしかなかった。しかし今、全てを変えようとする巨大な社会的勢力が台頭している。突如として、私達はこの国で10年以上も経験したことのないゼネストを準備しているのだ。
しかし、今回のストライキは、私達が望んでいたような情況下で行われているわけではない。住宅支援策を可決できないまま議会は解散し、11月29日に総選挙が行われる。進歩的なメディアや左翼政党は、この選挙を住宅問題を巡る国民投票として位置づけようとするだろう。右翼はこの情況を利用し、テント村と政府を「表裏一体」だと描こうとするだろう。政権を握る社会党(PSOE)は巧みに手を打ってきた。彼等は、当初は政府の住宅政策に対する強い抗議の波だったものを利用できる立場にあるからだ――少なくとも、一部の一般大衆の目にはそう映っている。
右翼や極右が次の選挙で勝利するかもしれないし、社会党がまたもやこの危機を乗り切るかもしれない。しかし、これまでの全てが示しているように、何が起ころうとも、彼等は街頭で結集した反対勢力に直面することになるだろう。反対勢力は、ファシズムや国家の失政に反対するだけでなく、私達の階級にとっての物質的な改善を確保することを目指す自律的な勢力として結集しているのだ。
借家人組合は、公開集会を開催し、居住地区を組織化する。
借家人組合は発展と拡大を続けており、各地域で組織化を進め、定期的に公開集会を呼び掛け、連帯の諸形態を発展させ、進化し続ける戦略や戦術について検討を重ねている。これらの組合には、社会主義系の青年団体・独立派の政党・アナキスト・政治的帰属意識が明確でない人々など、政治的立場の異なる幅広い層の人々が集まっている。
バルセロナでは、市内の住宅街にある大規模な集合住宅「カサ゠オルソラ」を巡り、新たな火種が浮上している。この建物には複数の家族が住んでいるが、投機家達が短期賃貸物件に転用するため、住民達を立ち退かせようとしている。この場所を守るため、デモが呼び掛けられている。警察が来ると見込まれている日、数百人の近隣住民が街頭に繰り出した。あらゆる年齢層や背景を持つ人々が集まっている。建物の入口の前では祖父母が子ども達や孫達と並んで立ち、屋上では全身黒ずくめの覆面姿の人々が警戒しながら動き回り、何が起ころうとも万全の態勢を整えている。午前中ずっと続いた対峙の末、バルセロナ市当局は立ち退きを中止し、この建物を買い取り、公営住宅に転用する意向を表明した。
バルセロナ市当局は、今のところこの運動を支持しており、それによって事態を落ち着かせ、運動のエネルギーの一部が再び制度的な枠組みへと向かうことを期待している。
2025年、近隣住民達が「カサ゠オルソラ」を守るために集まる。
ゼネストの準備が進む中、既にゼネストの行方を左右しようとする勢力が幾つか現れている。歴史的に国家の代理人として機能し、社会紛争を抑え込む緩衝材となってきた労働組合CCOO(コミシオネス゠オブレラス)とUGT(ウニオン゠ヘネラル゠デ゠トラバハドーレス)は既に、ゼネストを支持すると表明している。最大規模の労働組合として、彼等の支持はゼネストへの大規模な参加を実現する上で不可欠だった――とはいえ、これは彼等本来の姿勢ではなく、ある意味で、彼等からもぎ取った支持だった。同時に、これらの労働組合がこれまで果たしてきた鎮静化の役割を超えていくことも同様に重要である。CCOOとUGTは、ストライキを市民的な表現形態へと誘導し、「人民」が国家の左派陣営と結束しているかのように描こうとするだろう。私達は、この物語に抵抗しなければならない。
テント村と今後のあらゆる結集行動は、議会制度全体に反対することで現状に挑戦するという当初の精神を保つために闘わなければならない。同時に、特に進歩的な政府の偽善を浮き彫りにし、住宅ビジネスや、そこから利益を得るあらゆる資本主義的関係に反対しなければならない。
2025年、スクゥオットの社会センター「ランティガ゠マッサナ」を守るため、抗議者達が結集する。
全国各地に広がったテント村は発展し続けている。コミュニティキッチンの設置・今後のイベントやデモに関する情報を伝えるインフォポイントの開設・一日を通して定期的な集会やスキル共有が行われている。時折、極右ファシスト集団から脅迫されると、テント村を守るための反ファシストデモが行われる。テントの数はどんどん増え続けている。
様々な組織がテント村に拠点を構えるが、大半は数日で撤退する。これが、テント村の自律的で水平的なあり方を裏付けている。マドリーでは、テント村の参加者達が警察を追い払い、立ち退きが阻止された。その後、運動の勢いを更に高めるため、スペイン全土で驚くほど大規模なデモが相次ぎ、殆どの主要都市の中心部がデモで埋め尽くされた。「反ファシストはここにいる!」「A、アンティ、アンティカピタリスタ!」「労働者階級の闘争万歳!」といったスローガンは、借家人の闘争を超えた、より広い地平を示唆していた。バルセロナでのデモは最終的に警察との衝突に至り、街頭での戦闘へと発展した。デモ隊は燃え盛るバリケードを即興で築き、近くの建設資材を持ち出した。参加者達は撤退する機動隊やその車両にそれらを投げ付けた。
こうした事態を受けて、人々はゼネストを、運動を拡大し、更に激化させる契機として捉えている。立ち退き阻止を巡る地区集会を定期的に開く力を培ってきた様々なグループは、今、そのスキルを再び活かし、ゼネストに備えて近隣住民との定期的な会合を開いている。
2026年、バルセロナで機動隊が住宅問題に関するデモを止めた後、人々がバリケードを築く。
欧州各地で、街に新たな活気が漲っている。フランス全土で、自分達を見捨てた国家に対して学生達が叛乱を起こしている 。最近、この叛乱はベルギーにも広がり、イタリアでもその兆しが見えている。今やアルバニアでは教育省庁舎も炎上し、事態は更に拡大するかもしれない。
スペインで、進歩的な政府・CCOO・UGTが仕掛けた挟み撃ちから抜け出すには、今後の結集行動、とりわけ11月のゼネストが、彼等の望むような結果に終わらないようにしなければならない。街頭は、いかなる政府にも同調してはならない。私達の要求も行動様式も、これらの勢力を更に左の立場から出し抜き、彼等を再び容認しがたい立場に追い込まなければならない。私達は、国家機構内の制度的左翼にとって、再び受け入れがたい存在にならなければならない。そうでなければ、今開かれた結集行動の機会は、余りにも早く閉ざされてしまうだろう。ゼネストはこの物語の結末であってはならない。新たな一章に過ぎないのだ。私達はこの一章を飛び越え、更に先へと突き進むために闘わなければならない。
2026年、バルセロナで機動隊が住宅問題に関するデモを止めた後、人々がバリケードを築く。
参考文献
現在のテント村運動について:
借家人組合と家賃ストライキについて:

